LOGIN何がどうなっているのか……。 混乱の中にいた私は──陸が、いかに希樹が自分を大切に育ててくれたかを説明してくれても、 心は感謝の気持ちへとは動かなかった。 それが希樹でなければ御礼のひとつも言いたいところだが、 希樹なら事情が違ってくる。 いくら我が子を大切に育ててくれたとしても、到底礼など言えるはずもない。 今後あるかどうかもわからない陸と、ふたりきりの親子のひとときだったのに、 二輝と希樹の結婚を知ってしまい、心は散り散りに乱れ、ひとときの語らいなど 木っ端微塵に吹っ飛んでしまった。 この時私は希樹のことを、ことごとく私の幸せを奪っていく敵と認定した。 今まで奪われていた息子陸との親子の大切な時間を取り戻すべく、息子の心に 寄り添っていきたいと思っていたけれど──今知った事実の衝撃があまりにすごすぎて、いろいろ心づもりしていた思惑など これまた木っ端微塵に吹っ飛んでしまった。 どんなにか待ち侘びたかしれない息子とのかけがえのない時間さえも、 彼らに奪われたような気持ちになった。 漸《ようよ》う陸との面会時間を終えた私は、立ち向かうべく居間で 待っている二輝と希樹の元へ行き、詰め寄った。 「どういうこと? 何の悪趣味な冗談なの? どういうことなのよ!」 ◇ ◇ ◇ ◇ 陸との再会のあと、案の定愛結が血相を変えて私たちの所へやって来た。 二輝が察して陸を他の部屋へ連れて出た。『どういうこと?』ですって。 望むところだ。 積年の言うに言われぬ思いはこちらにだってあるのだから。 最初で最後になるだろうこの機会に、私も思いの丈をぶつけてやる。 「驚いた? ふふっ。 私と二輝はね、陸が10か月で二輝に引き取られた頃
父と私との様子を固唾を呑み、側で見ていた陸。 りっぱに大きくなった息子が…… 希樹のことを大切に想っている陸が……終始困り顔で「また、会いに来ます」と言って部屋を後にした。 私の身勝手な行為までも知ってしまった陸が、本当にまた会いに来て くれるのだろうか。 生後1か月しか育てていない我が子が、もう高校生になっていた。 息子の後ろ姿を見送りながら、私は産まれたばかりの息子のことを 思い出していた。 私の想いはまだあの産後の病室と一か月だけ一緒に過ごしたこの家に あるのかもしれない。 ハイハイする息子 つかまり立ちする息子 ヨチヨチ歩きする息子 『おかあさん、あのね……』と話しかけてくる息子 運動会で活躍する息子 受験する息子 何も……なにも。 私は何一つそんな息子の姿を見ていない、知らない。 付き合っていた頃、私だって二輝にすごく大切にされていた。 なのに今は私の隣にいなくなってしまった二輝。 いつだって私の隣には二輝がいた。 大切にしてくれた彼を裏切った自分。 涼との火遊びに、何の罪悪感も感じてなかった自分。 心のどこかで、万が一見つかってもやさしい二輝なら許して くれると思ってた。 随分と舐めてたんだ。 上手くキスだけだと、騙せたと── 誤魔化したことに罪悪感も感じずにいた愚かな自分。 人には許せることと許せないことがあって、していいことといけないことの 分別もつかない馬鹿だった自分。 二輝の子を産めば子供と暮らせると何の疑いも持たず、暢気に考えていた 愚かな自分。 あの時の苦労知らずで世間知らずの私に戻
僕は話し始めた。 「僕がまだ赤ん坊だった頃の話をさせてください。 これは後年ビデオを見て知ったことなんですけどね。 それは日本に帰ってきた時のものでした。 伯母がその時の様子をたまたま買ったばかりのビデオで 撮ってくれてたんです。 風邪をひいて酷い鼻詰まりをして、ヒューヒュー声をあげていた僕の側に 母が来ていきなり口で僕の洟汁を吸い出していました。 それを撮りながら見ていた伯母は、吃驚したのか『いやぁ~、えーっえーっ』 とかって、興奮しながら撮影してました。 母さんは僕の鼻が通るまで洟汁をチュウチュウ吸ってくれてて、 そのあと伯母が今度は父を映してました。泣いてる父の姿を……。 僕は今回両親とあなたとの確執を知るまで、父のあの時の涙の本当の意味を 知らずにいたんですよね。 ただのなさぬ仲ではなくて、随分といろいろ事情を孕んだ息子の洟汁を、 母が吸ってまで僕を楽にさせようと頬張っている姿に、感動して流した涙 だったっていうことでしょうか! 僕は大切に大切に育まれてきました。 だからもう母さんを恨んだりするのは止めてください。 お願いします」「あなたを産んだのは私なのよ? 希樹じゃない、私なのよ」 いつから聞いていたのか気がつくと側にいた愛結の父親が、 娘を窘めた。 「愛結、見苦しい真似はもう止めなさい。 彼らは何も悪いことはしてない。 彼らはお互い独身同士で結婚したのだし、陸のことも良い子にりっぱに── 大事に育ててくれたんじゃないか。 お前に陸を育てる資格なんか、二輝くんに結婚を拒絶された時から なかったんだよ。 あの時、私も母さんもお前にそう言って言い聞かせたろ? そしてお前も最後には納得して二輝くんに陸を託したのだから。 厳しいことを言うようだが、産むだけなら犬畜生でもできるんだよ」 「お父さん。そんな、あんまり……あんまりだわ」 愛結は、息子に関すること全てが理不尽と思え、嗚咽を堪《こら》えることが できなかった。
「今日はお義母さんはどうしたの? お父さんからは一緒に連れて来ると聞いていたんだけど……。 それにしても、どうして希樹が一緒にいるのかしら?」「お・か・あ・さん……。 僕の母をご存知なんですか?」 「何言ってるの? だから、どうして今日来てな……いの……。 えっ、あなたが言ってるお義母さんってまさかそんな 希樹じゃないわよね?」「母です。一緒に3人で来ました」 「どっ、どうして希樹があなたの……? 二輝は希樹と結婚してたってこと? 嘘よそんなことがあるはずない。 そんな……。 希樹は私の親友で、涼と結婚していたはずよ? なんでなんで? あなたたちの家族に納まってるわけ?」「母さんはあなたと友達だったんですか?」 「そうよ。私が涼と付き合うようになるまではね」 「涼さんって?」 「希樹の旦那!」 僕は心底驚いた。 僕の産みの母親は、自分の親友の婚約者を寝取っていたという話は両親から 聞いて知っていたけれど、その親友っていうのが母さん《希樹》のことだった だなんて……。 最悪じゃないか。 僕は自分の婚約者を誘惑していた親友の子だというのに、母さんは 僕を育ててきたって? 事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。 まさにそれを地でいく自分の境遇に驚愕するばかりだ。 目の前のおかあさんは僕の母と父が結婚していたことに驚きすぎて、 僕との面会にも身が入らないくらいうろたえている。 このあと、目の前にいるおかあさんにどう振舞えばいいのか。
その日が──息子、陸に会える日がついに来た。 私も両親も二輝から連絡が入った日から指折り数えて待ちわびていた。 おそらく両親もそうだと思うけれど、緊張の余り昨晩はほとんど眠れな かった。 手放した私を恨んではいないだろうか。 二輝は陸に私のことをどんな風に説明しているだろうか。 ちゃんと、自分が勝手に連れて行ったことを話してくれているだろうか。 義理の母親に意地悪されてきたとかってないよね? もしそうだったら、それで息子が不幸な子供時代を送ってきたとしたら、 私は何と詫びればいいのだろうなどと、さまざまなことが頭の中に洪水の ように湧いてきて、とても眠ることなどできなかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 二輝が陸を連れて…… そして何故か? 希樹もいた。 3人で我が家にやってきた。 二輝と陸、そして希樹。 私と両親の6人が、大きな窓から彩光がいっぱい入り明るい空間になって いる応接間で顔合わせをした。 二輝や陸に会えると知った日から、どんな装いで迎えればいいのかと、 いろいろ考えた結果、私はオフホワイトの生地にも裾にもレース生地が ふんだんに使われている少し可愛いイメージのトップスとサラサラふわふわ 生地の淡いブルー系のロングフレアースカートの装いにした。 反して希樹は、我が家の応接間セットの深いグレーにとても映える色目の ワインカラーのワンピースを纏っていた。 お互いにご無沙汰していましたとかなんとかかんとか、一通りの挨拶を 終え、私と陸とのふたりの時間が取れることになった。 陸は、今回の帰国ではじめて私の存在を知ったのだと二輝から簡単な説明を 受けた。 ひとまずふたりきりでということで、別室に移動する時に
「お父さん、あの人は私の昔のことを理由に離婚を 言い出したの。騙されてたって! 子供を授かった時のことを考えたら浮気するような女の子供なんて いらないって気持ち悪いって、だから結婚生活を続けていく意味もない ってそう言われたの」 「あいつはそんなことをお前に言ってたのか。 卑劣な男だな、今になって。 愛結あの男の言ったことなど鵜呑みにする必要はないよ。 お前には敢えて言ってなかったが、見合い話があった時にちゃんと 先方にお前の過去のことは話しておいたんだよ。 それを聞いても、構わないお前を嫁に欲しいと、彼もご両親も そう言ってきてたんだからね。 それなのに今頃なってお前と別れるためにその話を持ち出すとは 卑怯な奴だ。 気にせんでいい。 今回のことは流産したことも含めてお前に一切非はないよ。 最初は訳有りのお前でもいいと納得して結婚したんだろうけど、 まぁここにきていい女でもできたんだろうよ」「そんな、そんなこと……」「お前から離婚話が出ていると聞いたあと、実は彼の身辺を少し探って みたのだが、どうも女の影がチラホラしてるみたいだ。 皮肉なもんだな。 (親友と恋人)人を裏切って騙してたお前が、今度は裏切られたって ことだな。ただそれだのことさ」 「私にこれでもかってムチ打つ夫。 ばちが当たったって言うの? 何て酷い、酷すぎる。 私は真面目に夫に尽くしてたのに」 「今更だが、あの時の二輝くんも希樹さんも今のお前と同じように 手酷い裏切りに悲しい思いをしたんだろうな」 「……」 俯きながら聞いていた愛結は泣いていた。 「これも試練と思い頑張りなさい。私と母さんが付いてる」 「お父さん、ううっ……」 「お前の夫智之くんも、いつか自分のしたことを償わなきゃならない日が 来るさ。 私たちが手をくださなくてもな。 知らなかったとはいえ、お前にあんなくだらん男を紹介して悪かったな。 すまない、許しておくれ」「お父さんは悪くない。私が、わたし……わる……ぃ」 「この結婚は、あいつ《智之》も全て知った上でそれでもぜひにと、 まとまった話なのに……。 それを人の弱みに付け込んで、自分が外に女を作っておきながら お前の過去を理由に一方的に離婚を迫っているのだから悪いのはあい







